niime 百科
Encyclopedia of niime
玉木と酒井によるディスカッション、
そしてクリエーションの本質。
Discussions by Tamaki and Sakai, and the essence of creation.
そしてクリエーションの本質。
2018 . 06 . 15
東京の展示会での織物職人西角博文さんとの出会いが玉木と播州織を結び付けた。「素材としての生地の完成度を追求していけば、面白いものになるという確信があった。磨けば光る価値を感じた。」そう玉木は回想する。播州織という“原石”を見つけ、玉木は何ら自分を縛る事なく、デザイナーとして妥協の無いクリエーションの試行錯誤を続けてゆく事になる。 確かな目的を携えてモノづくりに邁進し、作品として磨き上げてゆく事を得意とする玉木。そして荒削りではあっても、何も無いところから予想のつかないアイデアを発することが出来る酒井。 真逆な個性を持つ二人による言葉のキャッチボール、遠慮の無い意見のぶつけ合いが、今に至るまでtamaki niimeをどんどんと進化させるエネルギーを生み出してきた。 玉木「ウチのモノづくりのほんとの原点ってゆうのは、マニアック目線でこんなんあったら面白いな。と思ってる私と、消費者目線で、いや、そんなんあっても着ないやろ。という酒井、真逆の対立した意見をどうやったらどっちもがOKっていうモノを創れるか?っていうところで、そこにもの凄く注力したんです。その結果がショールで。あ、これは売れるし、私も更に面白いモノづくりの追求が出来ると確信が持てたんですよ。」 酒井「そんな感じやな。」 玉木「ショール誕生以前は、お互いの役割分担も定まってなかったし、色んなことを試行錯誤でやってました。酒井の方はウェブづくりにハマっていてそこで色んな表現をしていたり。それぞれが全然違うカタチで好き放題にモノづくり、コトづくりしていて。その中から自分たちが本当に目指すべきところを探ってた。」 酒井「側から見れば何がしたいの?って感じやったと思います。」 玉木「まだゴールがしっかりとは見えてなかったから。」 酒井「当時は着地点の無いモノづくりやったので。大体普通のブランドやメゾンって、おぼろげにでも着地点が見えてて、その中でバーンと上辺だけのクリエーションがされてて、それに対して皆ワーッとなって、いかんせん僕らにはそれが無かったし、当時はそれを求めてなかったから。でも、開発した生地自体はエキセントリックだし、パターンの形も面白いし、良い感じではあったんですけど、いい意味で宙に浮いた様な状態で。ショールに行き着くまでは、着地しない飛行機みたいな感じでずっと飛んでましたね。」 玉木「モノづくりそのものというよりは方向性の面で、どこに向かって歩いてるのかがよくわからなかったし、わからないことが愉しいみたいな。でも、周りにはお前たち一体何がやりたいんだ?って言われてしまうという。」 玉木「その実験的な動作を理解してもらえなかったなぁ。ま、理解してもらおうとも思ってないんやけど。」 ― その頃のウェブサイトってゆうのはtamaki niimeのブランディングとかを意識してましたか? 酒井「もう全く無しですね。商売とか関係なく、人の評価なんてクソ喰らえで、ただ単に好きなように暴れてました。着地点が無いからああでもない、こうでもないと。ある意味制限が無いから、もの凄くたのしかった時代です。ここっていうところに収まらないってゆうか。皆んなが理解出来ないところにいたっていうか。」 玉木「西脇に来た当時もまだまだそんな感じだったんですよ。ただほんと“ヘソ曲り”なので皆んなと同じことはしたくないっていうスタートやったから、アパレルだったらこうするとか、ブランディングだったらこうしなければいけない、という様な縛りをことごとく否定してきたので、本当にぐちゃぐちゃやったんやな。でも、それがすごく嬉しかってんな。全然食べれてなかったけど。(笑)」 心地よく洗練された現在の姿からは想像し難い、始動時のある意味原初的でカオスな状態。そこで自由に培われたものが、やがてショールを誕生させ、方向性が定まった事でtamaki niimeのモノづくりは一気に開花してゆく。玉木と酒井、それぞれの異なる能力が組み合わさって余すことなく発揮され、お互いの役割も明確になっていった。 玉木「最初に悶々と考えてるのは私やな?会社をどうゆう方向に導いて行こうかとか。こうゆう風に改善したらどうやろうか?とか。私が発案して酒井に投げかける、で、それに対してドーンとダメって返ってきたり、いいやん!ってなったり。そこからディスカッションが始まるんです。こうゆう事をやりたい。っていう芯の部分は決まっていて。自分で解決策が閃く時は良いんですけど、分からない時はどんどん投げる。すると酒井の方からこういう方法があるんじゃない?とか、こうゆうアプローチをしたらどう?とか、返ってきて。あ、でもそれはちょっと違うとか、それに対しては言い返したりして(笑)んで、また考えてもらって、じゃそっちで行ってみようか。って、採用実行したりして。そんなやり取りが多いかな。」 酒井「そんな二人の間の言葉のバトルが半端なく凄いから。それに対して、ミーティングでのウチのスタッフのやり取りは“正論”ばかりっていうか、いい子ちゃんの戯れっていうか。そうゆうのをぶっ壊してやりたいって思うんですよ。」 玉木「まだスタッフがディスカッションに慣れてないのよね。二人の間のバトルを見せる様にはしてるんですけど、皆んな引く(苦笑)。まあまあ落ち着いて…みたいな。いや、これを真似て欲しいねん!って言って。本音で話すというかね、良い悪いじゃなくて、世の中のひとがどう思うかとかじゃなくて、思ったことを口に出す。それによって相手を否定するわけじゃなくて。更に良いアイデアを導き出すためのディスカッションやから。」 酒井「僕ら二人のディスカッションっていうのは小手先じゃなくて凄く躍動感があるし、全力投球ですごく体力も消耗するけど、だからこそやり甲斐があるし。だけどウチのスタッフはまだまだ“産みの苦しみ”が無い。それをスタッフから感じ取れないのが僕は凄く不満。」 玉木「だから“対策”として、なるべく私たちはディスカッションしないようにする、酒井とわたしの二人でディスカッションしちゃうと全部決まっちゃうから。私たちは黙っておいて、スタッフでディスカッションするのを見守るっていうポジションに今してる。もちろん最終的なジャッジはするんやけど、先ず自分たちで考えて自分たちでディスカッションして、その上でこちらに上げて来てくださいとお願いしてる。その習慣の繰り返しが今の私たち二人やし。小さな事から先ず話し合って決めていく事で習慣化されてゆくので。スタッフが1時間かけてミーティングして決めた事をそれは無いでしょと私に却下される事もいっぱいあるんですけど、でも1時間ディスカッションしたその事実、経験が大事やし、次はこうしようというアイデアに繋がってゆくし。それはやっぱり経験やね。数をこなさないとディスカッションも習慣化しないし、掘り下げられないから。」 酒井「極端に言えば、そこに自分の全存在がかかっていて、それが出来なければ自分の全てが壊れてしまうくらいの意気込みで取り組んでほしい。そう僕は思いますね。」 玉木「だからこそ、まだ現在のshop & Labのカタチのtamaki niimeが確立してなかった頃は、やっぱり中途半端なモノは出しちゃいけないと思ってるから、スタッフに対して、これでもか!ってくらい口を挟んだり、基本二人で考えてたんですよ、デザインにしても。これまでの経験値を踏まえて、今お客様に提供するべき新しいモノってゆうのを従来通り私たち二人で生み出してたんですけど、これからはそれじゃダメだから。今はスタッフもデザインを考えてるじゃないですか。最初はね、すごく苦しかったんですよ。作品のクオリティとしてダメだろこんな中途半端じゃ。とか思ったり、自分の経験からして、もうちょっとこうした方が良いんじゃない?ってゆうのが見て取れるから歯痒かったんですけど、やっぱり産みの苦しみを知ってもらうためには、それが売れないって現実も経験してもらわなくちゃならないという事なんですよ。売れるっていう成功体験ももちろん必要やけど、売れないっていう“失敗体験”はもっと大事。そのプレッシャーや、そこから生まれるフラストレーションがあるからこそ、こう変化させたらもっと良くなるんじゃないか?っていう、洗練された濃いアイデアが出て来るから。そこを私たちが全部端折っちゃって売れるモノに変えちゃったら、スタッフは成長出来ないから。もちろん着地点は何でもアリではないですけど、最低限私たちの基準を満たしていれば、まだちょっと改善する余地があるなと思ったとしても、もうゴーする。」 ― ブランドとしては少しリスキーな面もあるのではないですか? 酒井「0から1を生み出す、創造するという意味では、さっき玉木が言った様に自分が着たいモノや自分が欲しいモノを、スタッフは全力で生み出していかないと全く意味が無いですからね。自分で創って出来上がって、自分が心の底から楽しめないモノを作ったところで全然意味が無い。昔僕らが試行錯誤していた頃の、人がどう思うかじゃなくて、それに対して自分が心の底から喜びを感じる、そうゆう高揚感や躍動感をスタッフ皆んなが持たなきゃいけない。だから、多少リスキーであっても、どんどんやらせます。」 玉木「それはデザインスタッフだけじゃないな?販売するスタッフ、営業チームもリスクを理解した上で全力でやるっていうか。」 酒井「そやな。全力で没頭する。」 玉木「自分が楽しんで販売をする、言われたからやるんじゃなくて、こうゆう接客されたら面白いやろうな。とか、自分たちで能動的に考えて、創り出していくっていう。」 酒井「そう、皆んなの様子を見てると、資本主義という枠組みの中でやるビジネスってなると、なぜか?皆最初“論理”から入るんですよね。そうじゃなくて、もっと自分の躍動感っていうか、バーンとした心意気っていうかを直感的に表現すれば論理なんて後から付いて来るし、論理なんてゆうのはその表現を受け取った側が勝手に構築するもんやから。」 ― 意味性や理屈は後から付いてくると。 酒井「そう、まずはダイレクトに自分の想いを伝えるとか、そうゆうところに注力すべきなんですよね。小手先じゃなくて、そこが僕は、0から1を生み出す、創造するって事の本質やと思う。僕らはそうありたいし、スタッフにもそうあって欲しいと思います。」 ショールというカタチに結実するまでの、方向性が決まらない中で、制約を設けずに自分たちの可能性を、日々楽しみながら広く捜し求めていた玉木と酒井の模索の時期には、掛け替えのない価値があったのだと思えた。 酒井「線引きがされていない、サッカーに例えれば、ゴールがいくつもあって、どこにゴールしてもいいんですよ。全然縛りがなくてどこにドリブルしてもいいし…ってゆう風な状況やったから。すっげぇ愉しかったよな?」 ― ルール度外視、みたいな。 酒井「色んなゴール目掛けてシュートしたよな。」 玉木「その当時はね、未だ方向が決まってないから。ただ最終的にショールに行き着くだろうという事は何となく分かってたっていうか。具体的にショールというカタチだとはまだ分かってなかったけど。絶対目指す処にはたどり着けるから、なんせ一生懸命に…それまでの会社勤めではなく、しがらみのない中で自由に考えたい、それには時間もお金も投資して。でも本当に自分たちがやるべき事は何なのか?ってゆうのを、本当に追求したいと思って実行した最初の3年間やったな?」 酒井「だからそうゆう時期を経て、この今のtamaki niimeの表現の仕方というか、打ち出し方というかは、そうゆう過程を経てるからこそなんで、全くなんも無しで、今流行ってるからやっちゃえみたいな輩とかいっぱい存在しますけど、そういうのと比べるつもりはないけど、そこを経てるか、経てないかでは、全く雲泥の差がある訳ですよ。」 玉木「今のスタッフはもしかしたらそっちになりかねないって事なんですよ、試行錯誤抜きでもう環境が出来上がってるから。」 酒井「流行ってるからやろうとか。ドロッと沈殿したところを知らずに、上澄み液だけを掬うっていう感覚がくだらないから僕は嫌なんですよ。」 玉木「あ、簡単にデザインって出来ちゃうんだ、って風潮もホントくだらんもんな。」 ― ショールに結実するまでの過程でたまった“沈殿物”というか蓄積があるわけですよね。 酒井「そう、それこそが0から1を生みだす創造の基やというか。」 玉木「だからこそ、スタッフ個人個人がデザイナーとしてモノづくりするのなら、もっとこのtamaki niimeの環境を活用して、教えてもらうんじゃなく自分から調べろよ、質問して来いよ。と思うんやけど全然。興味無いんかな?って思っちゃうな。」 酒井「ヘンにカッコつけて皆いい子ちゃんぶるんですけど、そういうキチンとした常識的な側面も持ちつつ、皆んなが型にはまらずに自由な表現が出来たら、もっとtamaki niimeは深いブランドになるわな。」 玉木「明治維新じゃないけど、世を変えたるで!くらいな集団でないとあかんと思うけど。なんやろう?」 酒井「だから良い意味でもっと闘わないといけないし…なんかちょっと、いい子ちゃん過ぎるんですよね。ホントに。それは否定ではなくて、彼らにそうなってほしいという僕らの希望を込めてね。」 玉木「今後のヴィジョンとしてね。そこはほら、自分が専門学校出て企業に勤め出した頃に、なんて世の中つまんないんやろう、世の資本主義ってなんてしょうも無い、何のためのデザインで、何のための服づくりなんやろう?ってすっごい疑問を持って。その時にある人に言われたんですよ、自分好きな事を仕事にするなって。ガッカリするから、趣味で取っておいた方がいいと。とことん追求出来るのは趣味の時間であって、ビジネスにした時点で色んな制約が出てくるから、絶対面白く無くなって息詰まるから、趣味で取っておけという事を言われた事があって。何で駄目なんやろう?趣味に使える時間なんてちょっとしか無いやん、って思ったし、そこも天の邪鬼やから、迷わず好きなことを選んだな。」 酒井「結論、好きな事を仕事にしないと全身全霊を込められないもんな。」 玉木「今ここにある設備っていうのは全部、自分が専門学校卒業した時にガッカリした社会や、社会人じゃなくて、ワクワクする社会人になるためには、こんな会社あったら良いなヴァージョンなんですよ。だから今新卒も採り始めたり。」 ― 実際外から観てもワクワク出来る空間ですからね。 玉木「だからこそもっとぶっ飛んで欲しいなっていう。」 ― これだけの環境を整えてるから、と。 玉木「そういう意味では面白い状態になって来てるかなと思います。専門学校や大学で考える事とか実験する事をやってきてる子たちがそのままここに来てるから、こっちのやり方次第ではもっともっと花開くだろうし。いわゆる、世の中の社会人とはこうしなきゃいけないよという常識はある程度持って来ちゃってるからまだまだ鎧を外せないところはあるけど、それを剥がしていくというのも私たち二人の仕事やと思うし、“ぶっ飛んで”もらうためにはソフト面も含めて更によりクレイジーな環境を作っていかなくちゃと思ってます。」 酒井「そやな。」 酒井「0から1を生み出すっていうのを一言で言うと“世間体”というところから逸脱する事やと思うんですよ、大前提として、世間の目とか、世間はこうやから、とかに縛られてたら、いい意味で逸脱したクリエーションは出来ないから。」 酒井「常識なんて後から教えられるけど、逸脱した生き方は若い時にしか出来ない。大人になるとどんどん頭が固くなるから。だからこそ今、産みの苦しみと一緒で、苦しいかもやけどそこをぶっ壊していかないと。そうでなければ、これからtamaki niimeをもっともっとリニューアルしていこうとする時には難しいでしょうね。」 「ないからつくる」。彼らのモノづくりを象徴する言葉のひとつだ。何かを真似るのではなく、自分が欲しいモノが無いからこそ、たのしみながらそれを全力で創造する。方向性が定まる以前の、型にはまらず、ある種混沌とした試行錯誤の時期を経て来た深い経験が、現在の玉木と酒井によるモノづくりの確かな基礎となっている。 酒井「だから創って壊して、また創って壊して創って。そうやってここまで、徐々に積み重ねてきたというのがあります。あえて、まっすぐ構築してこなかったから。」 玉木「天邪鬼かもしれないけど、簡単にtamaki niimeを理解されたくないっていうところがあって。とにかく、いつでも無我夢中で考えてるし、たのしすぎるから、これからもどんどん変化していきますよ。」
書き人越川誠司
At the exhibition in Tokyo, the encounter with Mr. Hirofumi Nishikaku; a Banshu-ori craftsman, connected to Tamaki and Banshu-ori. “I was certain that it would be an interesting creation if I tried to produce perfection of the material, specifically fabrics. I felt its value would shine if I polished it.” Tamaki recalls. Since she found the ‘unpolished gem’ called Banshu-ori, Tamaki would not limit herself as a designer, she has continued, using trial and error in pursuit of her vision of an uncompromising creation. Tamaki sticks to creating works with a defined purpose and is good at refining them. On the other hand, Sakai can bring up an unexpected idea from nothing, even if it is a rough cut. Playing catch with the banter of these two individuals, who have opposite personalities, and their honest discussion has created an energy that helped evolve ‘tamaiki niime’ into what it is now.
- Tamaki
- “Our process originally started like this; how can we combine our strong opposing viewpoints and create something incredibly satisfying? Because I had such an enthusiastic perspective on how to create something interesting. But Sakai had a totally different idea. From the consumers’ viewpoint, he thought, ‘no one would wear that’. We have been focusing on it, and the ‘shawl’ is the creation of this conflict. We were sure that it would sell well and I imagine it would be more enjoyable to pursue this creatively.”
- Sakai
- “Yeah, just like that.”
- Tamaki
- “Before the birth of the ‘shawl’, we did not have set roles. We tried many concepts… trial and error. Sakai was into web design, making and expressing various things there. We were trying to create or structure something in very different ways, trying to figure out where we really headed to.”
- Sakai
- “I think the people around us weren’t sure what we were doing.”
- Tamaki
- “We couldn’t see the real goal back then.”
- Sakai
- “Our creation didn’t have a landing point at that time. Most common brands seem to have a commonality even though it may be vague. So they create this generic creation and consumers cluster around it. We didn’t have that kind of mindset. Our fabric was eccentric, and the patterns and shapes were interesting, and it was good in a way, like floating in the air, until I got to the shawl. I had been flying like an airplane without touching the ground…directionless.”
- Tamaki
- “Not in the creation point but lacking in direction, I didn’t know where I was walking towards, but I also wanted to enjoy not knowing. But we were questioned as to what they want to do?”
- Tamaki
- “They did not understand that experimental behaviour, but we didn’t even try to make them understand.”
- Sakai
- “No! Not at all. We didn’t consider it as a business. We didn’t even care how other people evaluate us. We did everything as we liked. Since we had no landing point, we just kept trying over one thing or another. There was no limitation, so that was the most enjoyable period. We were not settling down in a particular place, it’s like we were somewhere no one could comprehend our stance.”
- Tamaki
- “Even when we first came to Nishiwaki, we were still like that. We had a twisted mind. We started what we didn’t want to do, like something others had done. We totally denied the idea or rules that apparel should do this or branding should be like that. We were chaotic. But we really enjoyed it. Even we were starving. (Laugh)”
- Tamaki
- “I struggled with it at first. Like which way to lead the company or how to improve in some specific manner… I usually propose the idea and then ask Sakai. He sometimes totally agrees or dismisses the idea. Then we start discussing. I decide upon the idea that forms the core concept. When the solution is flashing on my own, it is good, but when I don’t know what to do, I toss that to Sakai and get feedback from him, “How about this way?” or “How about this approach?” When I don’t feel right, I tell him I don’t like it, or I argue back (laugh). Then I ask him to imagine something different. We finally agree with each other and embrace the idea. That’s how we usually do.”
- Sakai
- “Our verbal arguments are usually so intense. On the other hand, our staff always says the right things at our meeting. It is like this ‘nice-nice’ play. I feel like I want to break it.”
- Tamaki
- “Our staff is not used to the discussion yet, I’m trying to show our discussion to them, but they usually turn off(bitter smile). They told us to calm down. I want them to imitate us. I want them to say things honestly. It is not good or bad, just say something what they really think. It’s not about what people think. This is not denying others. This is a discussion to derive even better ideas.”
- Sakai
- “The discussion between Tamaki and me has lively dynamism, not respray. It is tiring like all-out pitching, but it is worthwhile. On the other hand, our staff is still not suffering from giving birth, and I am not satisfied that I can’t feel it from the staff.”
- Tamaki
- “In an attempt to improve the situation, we try not to discuss as much as possible. If we do, we end up deciding everything by ourselves. We keep quiet and then position ourselves to just observe the discussion of the staff. Of course, we make a final decision, but we told them to think and discuss it themselves, and then report us. That’s what we have been trying to do, over and over. If they start a small discussion to decide something, it will lead to it becoming habit. Even if they spend an hour discussing and deciding something, I often turn down their ideas quickly. But the fact that they spent an hour to determine something and their experience is essential. And it will lead to the next idea. Actually, they need to be experienced. The number of discussions will become habit, and they will delve more deeply into their ideas.”
- Sakai
- “In extreme terms, I want them to work with all their enthusiasm, and if they can’t do that, everything will be broken. That’s how it is supposed to be.”
- Tamaki
- “That’s why, before the current Shop & Lad was established, Sakai and I double-checked every small decision that the staff had made and thought the design. Because we believed that we could not create anything halfway done. Based on Sakai and my experiences, we used to create something new and preferable for customers like we always had been creating. Now our staff creates designs. Because if they don’t, there is no future. At first, it was hard, because it was not good quality as creation. I felt it was done half-way. Due to my experience, I can see how or where to alter, so it frustrated me. But they have to suffer from conception and see the reality that their creation would not sell. They need some successful experience to sell well, but they have to learn more from the failure. The pressure or frustrations from that will help create sophisticated and complex ideas that lead to making better changes. If we change everything into something sell well, our staff will not learn and grow up. The point of landing is not always acceptable, but of course at least as long as we meet our standards, even if we think there is still room for improvement, we will give the okay.”
- Sakai
- “In the sense of creation to create from 0 to 1, just like Tamaki said, it is totally meaningless unless the stuff does not create something they want to wear and what they want to have. It is meaningless to see what has been created but not be satisfied from the bottom of their hearts. Just like when Tamaki and I used to have trial and error, it wasn’t because of what other people think. All the staff has to have this ‘feeling of joy’, that feeling of euphoria and dynamism. So even if it is somewhat risky, we will let them do this more and more.”
- Tamaki
- “That is not just the designing staff, but also the sales staff and the sales team so they understand the risk and responsibility yet do their best.”
- Sakai
- “Yes! All of our staff will devote themselves with full energy.”
- Tamaki
- “They should enjoy selling. They should not do it because they were told. They should be actively creative to imagine an interesting way to be treated as a consumer and a customer.”
- Sakai
- “When it comes to doing business in the framework of capitalism, everybody starts from “logic”. I wonder why. Can’t we express our dynamic feeling of ourselves? I mean… if we can show our direct and intuitive style, logical thought will come along. Actually, the people who receive the expression will structure the logic as they like.”
- Sakai
- “Yeah. Expressing your own thoughts directly is the first step towards putting energy into it. Not in a manipulative way. I think it is the essential basis of creation from zero to one. Tamaki and I want to be that way and hope our staff to be as well.”
- Sakai
- “There was no line, if I compare to football, there are several goals, and you can shoot anywhere. We could dribble to anywhere … it’s like a totally free situation, it was so much fun.”
- Sakai
- “We made shots on various goals.”
- Tamaki
- “At that time, the direction has not yet been decided, however, I knew it would arrive at the shawl … I did not yet know specifically that it was the ‘form’ of a shawl. We truly believed that we were going to get to our goal. Not like at the company I previously worked for, I wanted to think freely without unfettered. We invested our time and money. We pursued what we really wanted; what we really should do, and did it in the first three years, right?”
- Sakai
- “So after that time, I think that this way of expressing ‘tamaki niime’ now, how to launch it is because we had gone through such a process. There is apparel that chooses popular things without thought. I don’t even want to compare to them, There is a big difference if it goes through it or not.”
- Tamaki
- “Our current staff is possibly that way because the environment has already been completed without trial and error.”
- Sakai
- “I don’t like the idea scooping the supernatant without knowing thick sediment; like ’Let’s do it because it’s popular’,”
- Tamaki
- “Oh, the mood that design is easy is nonsense.”
- Sakai
- “Yeah, that is the basis of creation that creates from 0 to 1.”
- Tamaki
- “That’s why. If each individual staff member as a designer does their own work, make use of this ‘tamaki niime’ environment more, and doesn’t wait to be taught. They should figure it out or ask us more questions. That’s how I feel. I sometimes wonder if they are really interested in it, or not.”
- Sakai
- “They are pretending to be nice or good, I guess. But to make ‘tamaki niime’ deep brand, I would like them to have an open mind and express themselves freely as well as having common sense.”
- Tamaki
- “We should be the group to change the world! Just like the Meiji Restoration. What do you think?”
- Sakai
- “That’s why we have to fight in a good way…they are a little too good, right? Really, we are not denying them, but we hope them to be.”
- Tamaki
- “My future vision, as I mentioned before, when I started working for a company after I graduated vocational college, I had questions; why is the world so boring? Capitalism is no fun, what is the design for, why am I making clothes?… etc. At that time, someone said, “Don’t choose your favourite thing as a job”. Because you’ll be disappointed. Keep it as your hobby. Pursue your hobby as your free time, or it will not be exciting and feel short of breath because there are so many limitations. I was wondered and couldn’t understand it. Because I couldn’t spend as much time on my hobby. So I picked my favorite as my job without hesitation. You know I’m a very contrary person.”
- Sakai
- “If we can’t do it as a job, we can’t do with our strength and all our heart.”
- Tamaki
- “This facility is everything that I really wanted, to be an exciting member of society, not the disappointed company or business person when I first graduated. So we started taking graduates now.”
- Tamaki
- “That’s why I tell them to be extraordinary.”
- Tamaki
- “In that sense, things’ getting more and more interesting. The people who have already studied and had some experience are here now with us, it depends on how we grow them to into ‘fruit’. They usually have some common sense as a decent adult, so it takes time to take to peel it off them. But it is our responsibility to make a crazy environment including to train them how to work to be extraordinary.”
- Sakai
- “Indeed.”
- Sakai
- “To create one from zero’ can be described as…deviating from common sense. As the first prerequisite, if you worry about public eyes or common sense, you can’t create unique artwork in any form.”
- Sakai
- “You can teach common sense later, but you can only deviate when you are young. Because you become stubborn when you get older. That’s why it is just like ‘birth pains’, you have to breakthrough even it if is hard. Otherwise, it will be difficult when we are going to renew ‘tamaki niime’ in the future.”
- Sakai
- “So far, create it, destroy it, make it again, break it up and create it. That’s how we came all the way so far from the beginning, gradually built up. I have not dared to build it straight.”
- Tamaki
- “Although we might be contrary persons, I do not want other people to understand ‘tamaki niime’ easily. Anyway, I’m always thinking about it with a lot of enthusiasm, and it’s too much fun so I will change more and more from now on.”
Original Japanese text by Seiji Koshikawa.
English translation by Adam & Michiko Whipple.