niime 百科
Encyclopedia of niime
niimeゆく年くる年2024-2025
新たな20年へ!年越しtamaki niime“新化論”
<ゆく年編>
niimeゆく年くる年2024-2025
新たな20年へ!年越しtamaki nniime“新化論”
<ゆく年編>
新たな20年へ!年越しtamaki niime“新化論”
<ゆく年編>
新たな20年へ!年越しtamaki nniime“新化論”
<ゆく年編>
2024 . 12 . 31
「2025年は変化しますよ!!」
取材にあたって開口一番、いきなりそう宣言した玉木。
ブランド誕生20周年の節目を迎えた2024年。絶えず変化・変態を繰り返す「ネイチャーブランド」tamaki niimeに訪れた新たな変革の大波。メモリアル・イヤーの締めくくりにあたり、玉木は堰を切ったように語り始めた。
玉木「だって、ブランド立ち上げてから20年経ったんだから。人間で言えばもう二十歳(ハタチ)ってことでしょ?」
—— 成人式を迎えたみたいな。新たな時代に突入したということですね。
玉木「新たな実験の開始って感じ?これまでが子どもだったとするならば。やっと成人したんだから、こっからがスタートなのよ!」
酒井「やっと社会人やな。」
玉木「色んな“学び”をひと通り経て来て、やっと、あ~なるほどそうゆうことね、ってだいぶわかったから。」
—— これまでは学生だったと。
玉木「会社経営という点でも、よくわからないなりに色々と試してみて、あ、経営ってそうゆうことなんだって、やっと知ることが出来たから、ちゃんと経営しなきゃと思うに至ったという年だったの。」
—— 2025年は社会人一年めになるわけですね。
玉木「特にこの5年間てゆうのが色々あった時期で。ちょうどコロナがあって、「タマスク」が出来て。でもそれまでは私たち、ショール屋だったじゃないですか?」
—— そうですね。
玉木「なんて言うか、ものづくりを突き詰めて来て、ショール開発に収れんしたそれまでの15年だったのが、直近の5年てゆうのは、コロナになり、このままじゃ会社が潰れるかもなとタマスクを開発し、オンラインショップも稼働し始めて必死にやった一年があり、それによってtamaki niimeの体制がガラッと変わって、スタッフがむっちゃ増えて出荷チームも整えて。」
—— 確かに大きな変動の時期でしたね。この一年というよりも、2020年からの振り返り。
玉木「だからtamaki niimeにとっても私にとっても新たな境地だったの、この5年間が。それまでの15年に対して。まぁ、過去5年刻みくらいで段階があったのではあるけど、この5年間で色んな人からのアドバイスも受けながら色々とトライしてみた結果……「ちゃうな。」と思ったの。」
—— ……? 違うな、と??
玉木「結局やるべきことって、2、3人でやってた最初の頃と変わらんがな、と。(酒井に)ねッ?」
酒井「うん。」
玉木「だから、「初心に帰れ」ですよ。」
—— ショールに結実したモノづくりから、その後コロナ禍もひとつのきっかけとなって、様々な分野への挑戦が広がっていった感がありますけど。
玉木「色々と興味が広がって、例えば家の改築とか飲食なんかも含めてあれこれやってみたんだけど、やっぱり、……「餅は餅屋」。結局ウチはショール屋だったんだって。」
—— 原点ですね。
玉木「「niime村」にしたって、「村」というイメージが勝手に一人歩きして皆んなの頭にこびり付いてくるから。播州織にはそもそも固定化したイメージがなかったからこそ、ショールに辿り着けて、結果、よかったのに…。」
—— 「村」というイメージが先行してしまうとなんか違う、ということでしょうか。
玉木「結果として「村」になってるんだけど、あえて言葉で「村」って名付けなくて良いじゃんてこと。「村」という概念から作り込んでいって、訴求しようとしたが…いやいや、違ったなと。」
—— あくまでも自然に村化が進んで行くなら良いけどコンセプト先行では…と?
玉木「そう。言葉で浸透させていこうとすること自体が、tamaki niimeらしくないよね、って。だから、終了!」
—— 寝耳に水、みたいなお話なんですけど…(笑)。
玉木「言葉じゃなくて、やっぱりここの場所を体感してもらって、スゴイ、まるで「村」じゃん!!って感じ取っていただくまでが、私たちがやりたかったことであって。ショールにしろ、もともとショールをやろうとして出来たモノじゃない、色々と試行錯誤した結果としてショールになったということなのに、スタッフが100人になったからといって、トップダウンで言葉を降らせないと皆んなついて来ませんて、違うだろ!って話になったんですよ。」
—— う~~ん……。
玉木「あそこにゴールがあるからそれを目指して皆んなで走ろうぜ、って言ってるわけじゃなくて、個人個人がおのずと自分たちでモノづくりだったり、お客様に伝えることだったり、皆んながそれぞれの感覚で深く掘ることで、それが良い感じに同じ方向に掘られて行ったその結果が「村」ってことだから。」
—— はい。
玉木「ここに村をつくるよ、皆んな集まってね、ってことじゃない。」
言葉の縛り。言葉ありきで、ややもすればそこに従属してしまうような方法論は本来のtamaki niimeの在り方とは相容れない。そんな風に玉木は肌感で感じているのだろう。
玉木「論理とか言葉で伝えなさいとか、YouTube観てても色々あるけど、tamaki niimeは背中で伝えるんだ!!ってゆう。」
—— 職人の世界に戻ると。
玉木「うん。還る還る。私たちのモノづくりの現場を観せているのも、説明するためじゃなくて、“感じてもらう”ためだから。」
言葉でlabについて解説する、頭での理解よりも、玉木が強調しているのは、先ずは何よりもlabのありのままを、訪れた人に五感を駆使しながら、ストレートに感じ取ってもらいたいということなのだろう。
玉木「ってゆうのが、ほんとにこの年末の私の「気づき」です。」
—— 言葉で落着させないと。
玉木「なるべく言語化したくないよね?」
酒井「うん。」
玉木「“答え合わせ”としてやるのは、やってきたことを言語化することだから全然良いし、皆んなでディスカッションして掘り下げてゆく行為自体は無茶良いんですけど。これからやるべきことを言語化してひとを動かせるというのは全然違うと思う。」
—— ……なるほど。わかりました。
玉木「現場に戻りますよ!私は。」
—— ついに。
玉木「うん!!」
—— 待望論もあったような。
玉木「あったね。だからね、背中で見せるって人が今あまりにも少な過ぎる。だからやっぱり、一回現場に戻っていちいち言ったげな、アカン。」
—— 愉しみです。
玉木「来年からは出張は控えて中にいることが多くなると思います。更に感覚を研ぎ澄ませて集中し新たな挑戦をするためにはと、5年くらい前にパソコンを触るのを止めた時点で経理も手離してたんだけど。それで紡績の工程を入れたり、動物さんたちを入れたり、作品づくりも深掘り出来るようにハード面の構築はしたんだけど。」
—— ええ。
玉木「でもソフト面がうまく回らないの。なぜかってゆうと、播州織の歴史と同じように、ウチの内部でも分業化が進んで、チーム間の連携が取れなくなっちゃって。それはなぜかと言えば、スタッフの人数が増えて、それぞれリーダーの下で動くようになって、“横串”が通らなくなった。で、横串いるじゃんと各リーダーに頼んでやってもらってはみたんだけど難しい面があって…。」
—— どんな難しさがあったんでしょう?
玉木「すべての工程を理解した上でやらないと横串って出来んだろうって話。全部把握してたら意見交換出来るんだけど、他のチームが何やってるのかわからない状態では難しいというか。やっぱり私がやらなアカンなって思って。」
—— なるほど。それで率先垂範のカタチに。
玉木「だったら、モノづくりだけじゃなく、経理面も含めて横串を通せるように。私よりもちょっと上の世代の経営のやり方に戻るというか。このくらいのスタッフ数なら大丈夫って中川政七商店の中川淳さんにもアドバイスを受けて。」
—— tamaki niime shop&labに来られたんですね。
玉木「そうなの。経営のあれこれすべてわかってらっしゃるでしょ。それで、数字も観るし、クリエーションも観るし、これからの20年に向けて、一回ギュッと締めて、横串を通す。」
—— 現場に委ねていたところをですね。
玉木「それぞれのチームが回ってはいるんだけど、何か深掘りしてたり、耕してたりしてるのなら良いんだけど、なぜそれをするのかの全体的な意味を見失っている気がするから。だからそこは一緒に掘ってゆく作業をしていかないと、深くならないなって感じてて。」
—— う~ん…。
玉木「もちろん、個々には掘ってくれてるんだけど、もっと掘りたいのよ。もっと行ける。動物の毛から綿から、素材から糸にして製品にまで出来る、すべての工程を自社内に一貫して創れたからには、もうそこを深掘りしないでどうするッ??、と。だけど、今まで創ってきてる作品、ニーズってあるし、それが売れるから、なかなか時間を割いてまでこっちに向かわないのよ、皆んな。」
—— あぁ~…。
玉木「でも、そこの時間を削ってでもこっちにガンガン行かないと、tamaki niimeが進化出来ないじゃない?同じモノを回すことになっちゃうから。さらに自社で創った糸でしか創れないモノというように、作品を絞ってゆくことで、より精度を上げて、tamaki niimeの唯一無二のモノづくりを練り上げてゆく。ついに、“ファイナル・ステージ”って感じ!!」
—— 玉木さんの今の想いとしては、個々、チーム各々の深掘りはあるにせよ、せっかくこの貫通したモノづくりの循環が有効活用されていないと。
玉木「活かされてない。「ゼロからイチを産み出すモノづくり」をやったことがないってゆうのもあるじゃない?皆んな新たなモノを産み出すってゆう意識がないの。それは経験も。そこは私が一緒にやらないとわからないから、一緒にやろうってこと。」
—— 一緒になってともに
玉木「全パートを稼働させる準備は出来た。で、スタッフたちの教育もある程度出来て。昔、力織機を導入した初期の頃は、考えるのは私に任せて皆んな動いてー!って状態だったけど、それだと私も倒れるし、スタッフも愉しくないだろうし、そんな風に人を育てたいわけじゃないから。自分で考え行動してそれが愉しいという人たちでモノづくりが出来るってゆう集団を創りたかったから。」
—— はい。
玉木「こっちにshop&labを移した時に、私はやらない、自分たちそれぞれで考えろ、そう言ったの。現場の皆んなが何が良いか考え、手を動かして作品を創り出すって仕組みを時間はかかったけど構築して行って、今順調に各チームが回り始めて、自分たちの意思でモノづくりが出来るようになった。で、次のステージなんですよ。その時に横串で、しかも新たなことに挑戦する、全員でやる、ってゆう体制に、tamaki niimeは“新化”するんです!」
—— そのためには背中を見せて
玉木「ついて来い!って言わないと。そうゆうことです。」
—— その「ついて来い!」を現すヴィジュアル映像とかあったら良いでしょうね。
玉木「ほんまや!(酒井を横目で見て)…ついて来ないやろコイツは。」
—— 酒井さん今日はついて来てないんじゃ…任したよっ、て感じで。
酒井「いやいや。」
—— まだ温まってないようで…で、niime的方法論としては、やって!とケツを叩くよりはついて来い!と。
玉木「しばらく現場やってなかったから衰えてるといけないけど。逆にここどうやるの?教えて!とか(笑)。」
—— 玉木さんにとっても新たなチャレンジですね。
玉木「でも私の強みは、経営もしながらモノづくりもやるのが唯一無二なんだろうなって。」
—— そこは玉木さんの中で両輪あるのがスゴイなと昔から思ってました。普通モノづくりする職人やアーティストって、ビジネスマインドには乏しいだろうと思ってたのが…。
玉木「そこが強みだとするなら、やっぱりそれをやった方がこの会社は良くなるんだろう、って思った。だから初心に戻って。厳しくやるでッ!…そう思ってます。」
—— よくわかりました!…では、2024年といえば、動物たちの話もしたいんですが、最初に来た動物ちゃんたちがファミリーをつくってどんどんとヤギもアルパカもヒツジも出産して、第二世代が生まれてスクスクと育ってますよね。
玉木「無茶嬉しいよ。孫みたいなもんやもん。私にとっては。」
—— 可愛いですよね。
玉木「私たちはゼロからイチを産み出すことがほとんど出来ないじゃない?今の世の中、なんでもあるから。ショールにしてもシャツにしてもウェアにしても。でも、赤ちゃんを産むだけは、ゼロイチだなって思って。」
—— ああ、…そうですよねぇ。
玉木「うん。たぶん、この世の中の一番美しいことっていうのは、子どもを産むってことなんだろうなって。改めて、動物さんでも、ウチのスタッフを観てても、そう思った。」
—— 生命を産む行為が。
玉木「ウチは産休後に普通に復帰できるようにしているんですけど、なぜかというと、産んでほしいし、産んだ後に働いてほしいから。ビジネス云々よりも、なぜ、どう生きるか?を考えた時に、何よりも美しいのは子どもを産むことだと思ったし、今の日本にとっても一番大事なのは、子どもを産み育てることだと思うのに、そこに皆んな注力していない。」
—— そりゃ社会の活力なくなりますよね。
玉木「そう!当たり前の話じゃない?元気になりたいなら子どもを増やしなさい!!と思う。単純な理屈だから。それなら、子どもを産みたいと思う人たちが産みやすい環境にしなきゃ、増えるはずがないと思うから。少なくともウチの会社は産休後に帰って来やすいように…帰って来たいと言われたら無茶嬉しかったもん。」
—— 良いお話ですね。
玉木「他のスタッフの理解もいるし、皆んなで協力しないと成り立たないことだけど、ここにいるのは皆んなの子どもだろう、って。それを支え合おうぜって。想いとしては、動物であれ人であれ、新しい生命が芽生えるって本当、奇跡的な美しいことだから。」
—— 酒井さんも前回の「niime百科」で言ってたように、子どもを産むってスゴいクリエイティヴなことじゃないですか。
玉木「何よりも。」
—— 究極の創造みたいな。そこには意味付けも理屈もいらないことでしょうし。
玉木「いらない。」
若い女性人材の都会流出が嘆かれている時代。女性が帰って来て働きやすい地域づくりを目標に掲げている地方の自治体などもあるが、女性スタッフが子どもを産むことを奨励し更に産休後のことまでも視野に入れているのは更に数歩先んじた発想のように思える。
玉木「ほんとによくデキルのよ、パートのお母さんスタッフたちって。指示受けなくても、しっかり状況を観て働く時間を有効に使うようにして。」
—— 家庭との両立で、貴重な時間を無駄に出来ないことをよく知っている…。
玉木「それを規則で一律に何時から何時までとか、来れない人は来なくていいです、って話じゃないでしょ!」
—— お母さん方の備えているポテンシャルってスゴイでしょうね。
玉木「子どもの手が離れたら、将来社員さんになってくれるかも知れないしね。子育て中って、なかなか時間つくれないけど、すぐに大人になるじゃない、子どもたちって。お母ちゃんだって、好きな仕事が出来た方がいいじゃない。」
—— ほんとそうですよね。男女対等にとはいえ、女性しか子どもは産めないわけで。ちゃんと子育てもしながら、お母さんたちに能力を十全に発揮してもらうと。
玉木「ウチの男性スタッフも育休取ってるしね。いや、大事ですよ。子どもは宝ですからね。大変なのよ、産んで育てるのは。今一度皆さんしっかり考えて、産めば産むほど手当をもらえるような社会制度で良いかと思う。」
—— それこそ、活力を産む方策ですよね。
玉木「あと、子どものためには親は引っ越しもするから。地方のまちは教育のことにチカラを入れた方がいい。そしたら良い人材も集まって来て働いてくれるし(笑)。世の中子どもが主人公で考えた方がいい。」
—— 子ども中心で。
玉木「0歳から3歳までの子どもたちが何を経験したかその後の人生に大きな影響を与えるから、色んな大人の姿に触れさせるのがいいと思う。ウチでは産んだ子どもをドンドン会社に連れて来てって話してる。大人と触れ合うだけでいい。親だけじゃなくて、100人もの様々な変わった大人を観るだけで、興味や可能性も広がるし、生き方を選びやすくなるじゃないですか?」
—— そうですね。自分の子ども時代を振り返っても、近所に色んな大人たちがいて。大人に囲まれて育つというのは良いことだなと私も思います。
玉木「子どもたちになるべくたくさんの大人を見せたい、これが目標!大人を観ながら、大人と同じように行動する。そしたら成長が速いし。色んな思考が出来るようになる。」
—— 玉木さん自身もご両親が洋装店を経営しておられる店内で幼少期を過ごして、お客様だったり色んな大人との触れ合いの実体験を得たわけですよね。
玉木「そう。私は先生から教えてもらって受け身で答えるような一方通行な学校教育のあり方ってどうなんだろう?と疑問を持っているから。やっぱり、勝手に自分で興味のあるところを自分で考えて掘って行くようにしないと。」
—— 自ら学んでゆく。
玉木「誰かに評価してもらいたいから仕事するとか、人にどう見られるかの基準で生きてる人が世の中多い気がするから。やりたくて自分からやってる、じゃないと。ほんとそこに尽きると思うの、私は。そんな人を増やしたい。そのためには子どもの頃からしっかりと「個」をつくっていける環境を用意してあげないといけないなと思います。」
—— なるほど…。
玉木「色んなモノづくりを体験する「コシラエ会」も今回復活したの。自ら手を動かしてつくってみる。第1回目は杉玉づくり。あんなことこんなことやりたいとなるように、皆んなでやってみることにしました。」
—— 手や身体を使うことって本当大事ですよね。
玉木「新しいスタッフたちに言葉で伝えることももちろん大事だけど、やっぱり背中を見せることだよね、ってなったの。」
—— いやぁ…。。良いお話ですね……遂に酒井さん語録ゼロになりそうですけど…(笑)。
玉木「そろそろ交替よ。終わったよ、私。」
酒井「うん…。」
玉木「うんじゃないわ。はよ!」
酒井「オレは、特に何もないかな…。」
玉木「一言もなしかいッ!」
酒井「…別にないっていうか…今年tamaki niime20年という節目でいったんリセットして、ある意味、今が一番ニュートラルな状態というか。」
—— それは酒井さん的に?
酒井「僕的に。ブランド設立20周年に加えて今年は自分にとってもひとつの節目で色んなことがあった年で。ニュートラルって色々あって、漫然とした自由さも、意識を持った自由さもまたニュートラルで。僕はこれからも、2025年に向けても、ちゃんと意識を持ったニュートラルな状態でいたいなと。」
—— 意識を持ったニュートラル?
酒井「はい。柔軟さとか、自由さの中にもちゃんとこう、規律ってゆう言い方は好きじゃないからアレやけど、なんか僕なりの…上手く言えないスけど。」
—— 意識的でありたいということですか?ニュートラルであることに。
酒井「そう。まぁ無意識にやっててもtamaki niimeに関しては身体が覚えてるから出来ちゃう部分もあるんスけど、より意識の洗練はさせて行きたいなと。」
—— 惰性に陥らないようにと。
酒井「そうですそうです!例えて言うならPCもiPhoneも、ずっとアップデートされ続けるじゃないですか。そうゆう意識のアップデートってゆうのは、常に何かしらしていたいな、という気持ちはありますね。」
—— なるほど。
酒井「来年はそんな風にして行きたいなと。…行きたいな、というより、行くんやけどね。」
徐々に覚醒してゆく酒井ひとり語り。明日新年元旦に年越しワープして、「niime百科2025〈くる年編〉」始まります!
今年も「niime百科」をお読みいただき、どうもありがとうございました。
それでは皆さま、良いお年を!
書き人越川誠司
「2025年は変化しますよ!!」
取材にあたって開口一番、いきなりそう宣言した玉木。
ブランド誕生20周年の節目を迎えた2024年。絶えず変化・変態を繰り返す「ネイチャーブランド」tamaki niimeに訪れた新たな変革の大波。メモリアル・イヤーの締めくくりにあたり、玉木は堰を切ったように語り始めた。
玉木「だって、ブランド立ち上げてから20年経ったんだから。人間で言えばもう二十歳(ハタチ)ってことでしょ?」
—— 成人式を迎えたみたいな。新たな時代に突入したということですね。
玉木「新たな実験の開始って感じ?これまでが子どもだったとするならば。やっと成人したんだから、こっからがスタートなのよ!」
酒井「やっと社会人やな。」
玉木「色んな“学び”をひと通り経て来て、やっと、あ~なるほどそうゆうことね、ってだいぶわかったから。」
—— これまでは学生だったと。
玉木「会社経営という点でも、よくわからないなりに色々と試してみて、あ、経営ってそうゆうことなんだって、やっと知ることが出来たから、ちゃんと経営しなきゃと思うに至ったという年だったの。」
—— 2025年は社会人一年めになるわけですね。
玉木「特にこの5年間てゆうのが色々あった時期で。ちょうどコロナがあって、「タマスク」が出来て。でもそれまでは私たち、ショール屋だったじゃないですか?」
—— そうですね。
玉木「なんて言うか、ものづくりを突き詰めて来て、ショール開発に収れんしたそれまでの15年だったのが、直近の5年てゆうのは、コロナになり、このままじゃ会社が潰れるかもなとタマスクを開発し、オンラインショップも稼働し始めて必死にやった一年があり、それによってtamaki niimeの体制がガラッと変わって、スタッフがむっちゃ増えて出荷チームも整えて。」
—— 確かに大きな変動の時期でしたね。この一年というよりも、2020年からの振り返り。
玉木「だからtamaki niimeにとっても私にとっても新たな境地だったの、この5年間が。それまでの15年に対して。まぁ、過去5年刻みくらいで段階があったのではあるけど、この5年間で色んな人からのアドバイスも受けながら色々とトライしてみた結果……「ちゃうな。」と思ったの。」
—— ……? 違うな、と??
玉木「結局やるべきことって、2、3人でやってた最初の頃と変わらんがな、と。(酒井に)ねッ?」
酒井「うん。」
玉木「だから、「初心に帰れ」ですよ。」
—— ショールに結実したモノづくりから、その後コロナ禍もひとつのきっかけとなって、様々な分野への挑戦が広がっていった感がありますけど。
玉木「色々と興味が広がって、例えば家の改築とか飲食なんかも含めてあれこれやってみたんだけど、やっぱり、……「餅は餅屋」。結局ウチはショール屋だったんだって。」
—— 原点ですね。
玉木「「niime村」にしたって、「村」というイメージが勝手に一人歩きして皆んなの頭にこびり付いてくるから。播州織にはそもそも固定化したイメージがなかったからこそ、ショールに辿り着けて、結果、よかったのに…。」
—— 「村」というイメージが先行してしまうとなんか違う、ということでしょうか。
玉木「結果として「村」になってるんだけど、あえて言葉で「村」って名付けなくて良いじゃんてこと。「村」という概念から作り込んでいって、訴求しようとしたが…いやいや、違ったなと。」
—— あくまでも自然に村化が進んで行くなら良いけどコンセプト先行では…と?
玉木「そう。言葉で浸透させていこうとすること自体が、tamaki niimeらしくないよね、って。だから、終了!」
—— 寝耳に水、みたいなお話なんですけど…(笑)。
玉木「言葉じゃなくて、やっぱりここの場所を体感してもらって、スゴイ、まるで「村」じゃん!!って感じ取っていただくまでが、私たちがやりたかったことであって。ショールにしろ、もともとショールをやろうとして出来たモノじゃない、色々と試行錯誤した結果としてショールになったということなのに、スタッフが100人になったからといって、トップダウンで言葉を降らせないと皆んなついて来ませんて、違うだろ!って話になったんですよ。」
—— う~~ん……。
玉木「あそこにゴールがあるからそれを目指して皆んなで走ろうぜ、って言ってるわけじゃなくて、個人個人がおのずと自分たちでモノづくりだったり、お客様に伝えることだったり、皆んながそれぞれの感覚で深く掘ることで、それが良い感じに同じ方向に掘られて行ったその結果が「村」ってことだから。」
—— はい。
玉木「ここに村をつくるよ、皆んな集まってね、ってことじゃない。」
言葉の縛り。言葉ありきで、ややもすればそこに従属してしまうような方法論は本来のtamaki niimeの在り方とは相容れない。そんな風に玉木は肌感で感じているのだろう。
玉木「論理とか言葉で伝えなさいとか、YouTube観てても色々あるけど、tamaki niimeは背中で伝えるんだ!!ってゆう。」
—— 職人の世界に戻ると。
玉木「うん。還る還る。私たちのモノづくりの現場を観せているのも、説明するためじゃなくて、“感じてもらう”ためだから。」
言葉でlabについて解説する、頭での理解よりも、玉木が強調しているのは、先ずは何よりもlabのありのままを、訪れた人に五感を駆使しながら、ストレートに感じ取ってもらいたいということなのだろう。
玉木「ってゆうのが、ほんとにこの年末の私の「気づき」です。」
—— 言葉で落着させないと。
玉木「なるべく言語化したくないよね?」
酒井「うん。」
玉木「“答え合わせ”としてやるのは、やってきたことを言語化することだから全然良いし、皆んなでディスカッションして掘り下げてゆく行為自体は無茶良いんですけど。これからやるべきことを言語化してひとを動かせるというのは全然違うと思う。」
—— ……なるほど。わかりました。
玉木「現場に戻りますよ!私は。」
—— ついに。
玉木「うん!!」
—— 待望論もあったような。
玉木「あったね。だからね、背中で見せるって人が今あまりにも少な過ぎる。だからやっぱり、一回現場に戻っていちいち言ったげな、アカン。」
—— 愉しみです。
玉木「来年からは出張は控えて中にいることが多くなると思います。更に感覚を研ぎ澄ませて集中し新たな挑戦をするためにはと、5年くらい前にパソコンを触るのを止めた時点で経理も手離してたんだけど。それで紡績の工程を入れたり、動物さんたちを入れたり、作品づくりも深掘り出来るようにハード面の構築はしたんだけど。」
—— ええ。
玉木「でもソフト面がうまく回らないの。なぜかってゆうと、播州織の歴史と同じように、ウチの内部でも分業化が進んで、チーム間の連携が取れなくなっちゃって。それはなぜかと言えば、スタッフの人数が増えて、それぞれリーダーの下で動くようになって、“横串”が通らなくなった。で、横串いるじゃんと各リーダーに頼んでやってもらってはみたんだけど難しい面があって…。」
—— どんな難しさがあったんでしょう?
玉木「すべての工程を理解した上でやらないと横串って出来んだろうって話。全部把握してたら意見交換出来るんだけど、他のチームが何やってるのかわからない状態では難しいというか。やっぱり私がやらなアカンなって思って。」
—— なるほど。それで率先垂範のカタチに。
玉木「だったら、モノづくりだけじゃなく、経理面も含めて横串を通せるように。私よりもちょっと上の世代の経営のやり方に戻るというか。このくらいのスタッフ数なら大丈夫って中川政七商店の中川淳さんにもアドバイスを受けて。」
—— tamaki niime shop&labに来られたんですね。
玉木「そうなの。経営のあれこれすべてわかってらっしゃるでしょ。それで、数字も観るし、クリエーションも観るし、これからの20年に向けて、一回ギュッと締めて、横串を通す。」
—— 現場に委ねていたところをですね。
玉木「それぞれのチームが回ってはいるんだけど、何か深掘りしてたり、耕してたりしてるのなら良いんだけど、なぜそれをするのかの全体的な意味を見失っている気がするから。だからそこは一緒に掘ってゆく作業をしていかないと、深くならないなって感じてて。」
—— う~ん…。
玉木「もちろん、個々には掘ってくれてるんだけど、もっと掘りたいのよ。もっと行ける。動物の毛から綿から、素材から糸にして製品にまで出来る、すべての工程を自社内に一貫して創れたからには、もうそこを深掘りしないでどうするッ??、と。だけど、今まで創ってきてる作品、ニーズってあるし、それが売れるから、なかなか時間を割いてまでこっちに向かわないのよ、皆んな。」
—— あぁ~…。
玉木「でも、そこの時間を削ってでもこっちにガンガン行かないと、tamaki niimeが進化出来ないじゃない?同じモノを回すことになっちゃうから。さらに自社で創った糸でしか創れないモノというように、作品を絞ってゆくことで、より精度を上げて、tamaki niimeの唯一無二のモノづくりを練り上げてゆく。ついに、“ファイナル・ステージ”って感じ!!」
—— 玉木さんの今の想いとしては、個々、チーム各々の深掘りはあるにせよ、せっかくこの貫通したモノづくりの循環が有効活用されていないと。
玉木「活かされてない。「ゼロからイチを産み出すモノづくり」をやったことがないってゆうのもあるじゃない?皆んな新たなモノを産み出すってゆう意識がないの。それは経験も。そこは私が一緒にやらないとわからないから、一緒にやろうってこと。」
—— 一緒になってともに
玉木「全パートを稼働させる準備は出来た。で、スタッフたちの教育もある程度出来て。昔、力織機を導入した初期の頃は、考えるのは私に任せて皆んな動いてー!って状態だったけど、それだと私も倒れるし、スタッフも愉しくないだろうし、そんな風に人を育てたいわけじゃないから。自分で考え行動してそれが愉しいという人たちでモノづくりが出来るってゆう集団を創りたかったから。」
—— はい。
玉木「こっちにshop&labを移した時に、私はやらない、自分たちそれぞれで考えろ、そう言ったの。現場の皆んなが何が良いか考え、手を動かして作品を創り出すって仕組みを時間はかかったけど構築して行って、今順調に各チームが回り始めて、自分たちの意思でモノづくりが出来るようになった。で、次のステージなんですよ。その時に横串で、しかも新たなことに挑戦する、全員でやる、ってゆう体制に、tamaki niimeは“新化”するんです!」
—— そのためには背中を見せて
玉木「ついて来い!って言わないと。そうゆうことです。」
—— その「ついて来い!」を現すヴィジュアル映像とかあったら良いでしょうね。
玉木「ほんまや!(酒井を横目で見て)…ついて来ないやろコイツは。」
—— 酒井さん今日はついて来てないんじゃ…任したよっ、て感じで。
酒井「いやいや。」
—— まだ温まってないようで…で、niime的方法論としては、やって!とケツを叩くよりはついて来い!と。
玉木「しばらく現場やってなかったから衰えてるといけないけど。逆にここどうやるの?教えて!とか(笑)。」
—— 玉木さんにとっても新たなチャレンジですね。
玉木「でも私の強みは、経営もしながらモノづくりもやるのが唯一無二なんだろうなって。」
—— そこは玉木さんの中で両輪あるのがスゴイなと昔から思ってました。普通モノづくりする職人やアーティストって、ビジネスマインドには乏しいだろうと思ってたのが…。
玉木「そこが強みだとするなら、やっぱりそれをやった方がこの会社は良くなるんだろう、って思った。だから初心に戻って。厳しくやるでッ!…そう思ってます。」
—— よくわかりました!…では、2024年といえば、動物たちの話もしたいんですが、最初に来た動物ちゃんたちがファミリーをつくってどんどんとヤギもアルパカもヒツジも出産して、第二世代が生まれてスクスクと育ってますよね。
玉木「無茶嬉しいよ。孫みたいなもんやもん。私にとっては。」
—— 可愛いですよね。
玉木「私たちはゼロからイチを産み出すことがほとんど出来ないじゃない?今の世の中、なんでもあるから。ショールにしてもシャツにしてもウェアにしても。でも、赤ちゃんを産むだけは、ゼロイチだなって思って。」
—— ああ、…そうですよねぇ。
玉木「うん。たぶん、この世の中の一番美しいことっていうのは、子どもを産むってことなんだろうなって。改めて、動物さんでも、ウチのスタッフを観てても、そう思った。」
—— 生命を産む行為が。
玉木「ウチは産休後に普通に復帰できるようにしているんですけど、なぜかというと、産んでほしいし、産んだ後に働いてほしいから。ビジネス云々よりも、なぜ、どう生きるか?を考えた時に、何よりも美しいのは子どもを産むことだと思ったし、今の日本にとっても一番大事なのは、子どもを産み育てることだと思うのに、そこに皆んな注力していない。」
—— そりゃ社会の活力なくなりますよね。
玉木「そう!当たり前の話じゃない?元気になりたいなら子どもを増やしなさい!!と思う。単純な理屈だから。それなら、子どもを産みたいと思う人たちが産みやすい環境にしなきゃ、増えるはずがないと思うから。少なくともウチの会社は産休後に帰って来やすいように…帰って来たいと言われたら無茶嬉しかったもん。」
—— 良いお話ですね。
玉木「他のスタッフの理解もいるし、皆んなで協力しないと成り立たないことだけど、ここにいるのは皆んなの子どもだろう、って。それを支え合おうぜって。想いとしては、動物であれ人であれ、新しい生命が芽生えるって本当、奇跡的な美しいことだから。」
—— 酒井さんも前回の「niime百科」で言ってたように、子どもを産むってスゴいクリエイティヴなことじゃないですか。
玉木「何よりも。」
—— 究極の創造みたいな。そこには意味付けも理屈もいらないことでしょうし。
玉木「いらない。」
若い女性人材の都会流出が嘆かれている時代。女性が帰って来て働きやすい地域づくりを目標に掲げている地方の自治体などもあるが、女性スタッフが子どもを産むことを奨励し更に産休後のことまでも視野に入れているのは更に数歩先んじた発想のように思える。
玉木「ほんとによくデキルのよ、パートのお母さんスタッフたちって。指示受けなくても、しっかり状況を観て働く時間を有効に使うようにして。」
—— 家庭との両立で、貴重な時間を無駄に出来ないことをよく知っている…。
玉木「それを規則で一律に何時から何時までとか、来れない人は来なくていいです、って話じゃないでしょ!」
—— お母さん方の備えているポテンシャルってスゴイでしょうね。
玉木「子どもの手が離れたら、将来社員さんになってくれるかも知れないしね。子育て中って、なかなか時間つくれないけど、すぐに大人になるじゃない、子どもたちって。お母ちゃんだって、好きな仕事が出来た方がいいじゃない。」
—— ほんとそうですよね。男女対等にとはいえ、女性しか子どもは産めないわけで。ちゃんと子育てもしながら、お母さんたちに能力を十全に発揮してもらうと。
玉木「ウチの男性スタッフも育休取ってるしね。いや、大事ですよ。子どもは宝ですからね。大変なのよ、産んで育てるのは。今一度皆さんしっかり考えて、産めば産むほど手当をもらえるような社会制度で良いかと思う。」
—— それこそ、活力を産む方策ですよね。
玉木「あと、子どものためには親は引っ越しもするから。地方のまちは教育のことにチカラを入れた方がいい。そしたら良い人材も集まって来て働いてくれるし(笑)。世の中子どもが主人公で考えた方がいい。」
—— 子ども中心で。
玉木「0歳から3歳までの子どもたちが何を経験したかその後の人生に大きな影響を与えるから、色んな大人の姿に触れさせるのがいいと思う。ウチでは産んだ子どもをドンドン会社に連れて来てって話してる。大人と触れ合うだけでいい。親だけじゃなくて、100人もの様々な変わった大人を観るだけで、興味や可能性も広がるし、生き方を選びやすくなるじゃないですか?」
—— そうですね。自分の子ども時代を振り返っても、近所に色んな大人たちがいて。大人に囲まれて育つというのは良いことだなと私も思います。
玉木「子どもたちになるべくたくさんの大人を見せたい、これが目標!大人を観ながら、大人と同じように行動する。そしたら成長が速いし。色んな思考が出来るようになる。」
—— 玉木さん自身もご両親が洋装店を経営しておられる店内で幼少期を過ごして、お客様だったり色んな大人との触れ合いの実体験を得たわけですよね。
玉木「そう。私は先生から教えてもらって受け身で答えるような一方通行な学校教育のあり方ってどうなんだろう?と疑問を持っているから。やっぱり、勝手に自分で興味のあるところを自分で考えて掘って行くようにしないと。」
—— 自ら学んでゆく。
玉木「誰かに評価してもらいたいから仕事するとか、人にどう見られるかの基準で生きてる人が世の中多い気がするから。やりたくて自分からやってる、じゃないと。ほんとそこに尽きると思うの、私は。そんな人を増やしたい。そのためには子どもの頃からしっかりと「個」をつくっていける環境を用意してあげないといけないなと思います。」
—— なるほど…。
玉木「色んなモノづくりを体験する「コシラエ会」も今回復活したの。自ら手を動かしてつくってみる。第1回目は杉玉づくり。あんなことこんなことやりたいとなるように、皆んなでやってみることにしました。」
—— 手や身体を使うことって本当大事ですよね。
玉木「新しいスタッフたちに言葉で伝えることももちろん大事だけど、やっぱり背中を見せることだよね、ってなったの。」
—— いやぁ…。。良いお話ですね……遂に酒井さん語録ゼロになりそうですけど…(笑)。
玉木「そろそろ交替よ。終わったよ、私。」
酒井「うん…。」
玉木「うんじゃないわ。はよ!」
酒井「オレは、特に何もないかな…。」
玉木「一言もなしかいッ!」
酒井「…別にないっていうか…今年tamaki niime20年という節目でいったんリセットして、ある意味、今が一番ニュートラルな状態というか。」
—— それは酒井さん的に?
酒井「僕的に。ブランド設立20周年に加えて今年は自分にとってもひとつの節目で色んなことがあった年で。ニュートラルって色々あって、漫然とした自由さも、意識を持った自由さもまたニュートラルで。僕はこれからも、2025年に向けても、ちゃんと意識を持ったニュートラルな状態でいたいなと。」
—— 意識を持ったニュートラル?
酒井「はい。柔軟さとか、自由さの中にもちゃんとこう、規律ってゆう言い方は好きじゃないからアレやけど、なんか僕なりの…上手く言えないスけど。」
—— 意識的でありたいということですか?ニュートラルであることに。
酒井「そう。まぁ無意識にやっててもtamaki niimeに関しては身体が覚えてるから出来ちゃう部分もあるんスけど、より意識の洗練はさせて行きたいなと。」
—— 惰性に陥らないようにと。
酒井「そうですそうです!例えて言うならPCもiPhoneも、ずっとアップデートされ続けるじゃないですか。そうゆう意識のアップデートってゆうのは、常に何かしらしていたいな、という気持ちはありますね。」
—— なるほど。
酒井「来年はそんな風にして行きたいなと。…行きたいな、というより、行くんやけどね。」
徐々に覚醒してゆく酒井ひとり語り。明日新年元旦に年越しワープして、「niime百科2025〈くる年編〉」始まります!
今年も「niime百科」をお読みいただき、どうもありがとうございました。
それでは皆さま、良いお年を!
Original Japanese text by Seiji Koshikawa.
English translation by Adam & Michiko Whipple.